或る誘い


実は、先般来、中堅取引先企業の「Y社長から会社入社の誘い」があって、最終返事保留のまま来ていた。


そのような状況下、Y社長から支店長に「正式申し入れ」がなされたようで、その日を境に支店長の自分への態度が一変してしまったのである。


Y社は北陸地方では老舗で知られ、現社長は三代目、育ちの良さでか温厚で、人をひきつける魅力のある社長であった。この人の下でなら「思いっきり働ける」と思ったのも事実だった。


気性の荒い事で有名だった支店長は「社長申し入れを一蹴」し、返す刀でその日以来、露骨に自分を無視する態度に出て来ていた。


確かに当時の仕事上の立場と任務は、最先頭で指揮する「突撃隊長」と言うべきもので、部下14人もいる支店の中でも最も責任の重い立場だった。


「支店の突撃隊長」が取引先企業に誘われて辞めていくと言う事は、自負心の人一倍強い支店長として、とても許せぬ事だったに違いない。


その事以来、それまでは自分を通していた「部下への指示」も、直接内線で部員を呼びつけて指示したり、「部内会議」も支店長自らが仕切るようになった。


その影響は支店全体を重苦しい雰囲気にさせた、女子行員・雇員にまで及び、店全体の士気にも影響を与え兼ねないまでになっていった。


勿論、それまでには既にY社長に、「折角のご好意だがこの件は白紙に願いたい」、と丁重にお断りもし、支店長にもその旨を報告してお詫びもし、「一件落着」の積りであった。