「ヒトラー」と「小泉―竹中政治」

okamakoto2007-03-30



6年前に誕生し、安倍氏にバトンを渡した小泉氏は、「改革」、「改革」と絶叫、大衆の支持を取り付け「自・公多数」を基盤に「権力は奇道」とばかりに、「郵政民営化」に「賛成」か、それとも「反対」か、で衆議院解散、総選挙に打って出て多数を制した。


これは1933年、独特の大衆操作術で一党独裁政治を手にし、ドイツ民族を狂気の集団に仕立て上げ、挙句に第二次世界大戦の悲劇を惹起した70年前のナチスヒトラーのやり方と軌を一にしている。


ヒットラーは大衆操作の為に新聞・ラジオ・映画等の情報・宣伝活動をフルに活用し、言葉を単純化し、断定的にスローガン化して繰り返し繰り返し民衆に訴え、人心掌握を計ったと言う。


ヒトラーは「我が闘争」の中で、「どのような国民向けプロダガンダも、大衆に合わせねばならず、その知的水準は大衆の最低水準に合わせ、大衆が多数になればなるほど訴える水準を下げねばならない」


「それをスローガンのように断定的に使い、その言葉によって意図したことを最後の一人まではっきりイメージ出来るようにしなければならない」と言っている。(詳細は05年4月6日―12日「過去に学ぶ⑥日本とドイツ」で記す)


ドイツは第一次世界大戦に敗れ、1919年当時世界で最も民主的憲法と言われた「ワイマール憲法体制」に入っていた。処が、ヒトラーは「全権委任法」を可決・成立させ、一挙に独裁を強め、国を破滅に導いたのである。


このヒトラーを蔭で支えたのがナチス宣伝相「ゲッペル」だった、巧妙なマスコミ対策と言論弾圧、秘密警察の睨みで共和制は僅か14年で潰え、狂気の侵略戦争突入となった。