テレビの功罪ー②

okamakoto2005-01-13

ここで日本に於けるラジオ、ならびにテレビの今日までの来歴を見てみる。


−もっと身近に、もっと世界へ−「今年は日本で放送が始まって80周年!」


これは「放送80周年」を強調したNHKホームページ冒頭のタイトルである。NHK広報によれば1925年(大正14年)3月22日午前9時半「JOAKJOAK、こちらは東京放送局であります」の第一声で日本初のラジオ放送が始まった、とある。確かに私たち昭和初年生まれにとって、当時未だラジオを入れている家も少なかったように思う。 戦争が始まった昭和16年になって大分普及していたと見え、我が家で当日朝食時に、ラジオからあの独特の「臨時ニュース」のけたたましい木琴音が響き、その中で「大本営発表」あり、「日米開戦」を緊張のうちに聞いた記憶が今でも実に鮮明に残る。


勿論、当時終戦までラジオは国営の「日本放送協会」のみ、敗戦まで専ら戦況等はNHKラジオ放送か新聞で「大本営発表」と言う形でしか知ることが出来なかった。民間ラジオ放送(中部日本放送新日本放送)が開局したのは昭和26年になってから。テレビ放送が日本最初に出現して試験放送を始めたのが昭和26年(1951年)6月3日、NHKが試験放送で後楽園球場から三越までプロ野球中継を行った。民間テレビ放送がNHKを追う形で、日本テレビが昭和28年8月に本放送を開始した、街頭テレビで「プロレス中継」等独特の手法で大衆に「テレビ時代」の幕開けを告げる事となった。然し、実際に本格的にテレビ受像機が一般家庭にまで普及するのは、皇太子が結婚式を挙げパレードを中継がなされた昭和34年(1959年)頃からではあるまいか。日本は折からの高度成長期に入り、昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催にはほぼ全国的に各家庭まで普及したように思う、従ってわが国のテレビ時代は、その頃からだから未だせいぜい40−45年余りの歴史と言うことになろうか。


NHKが敗戦後国の管理・監督下から離れ独立した。とは言え「特殊法人」として予算・決算等は政府国会の承認事項となり、実質的には政府・与党に首根っこを押さえられている形である。従ってその歴史的経緯からも「官営」的色彩は抜けきれず今日に至っている。その結果、どのような事が起こるかと言うと、偶々今日(1月12日朝刊)の朝日新聞が伝える事から推測するに、最近は「政治的関与」は略「日常的」と言う事なのだろう。旧日本軍の「従軍慰安婦制度の特集番組」を企画していた折、直前どこから聞きつけたか、右翼団体から「放送中止の圧力」あり内容を改変した、ところが更に放送前日になって自民党安倍(幹事長)と中川(経済産業省長官)から「偏った内容だとして「放送中止」を強く求められ、その圧力に急遽内容を改変させられた、のだそうである。