スウエーデンに見る①

okamakoto2005-01-25

最初に行った外国が北欧スウエーデンで、今から四半世紀も前の1980年の5月であった。当時の日本は「高度成長期の真っ只中」の時代で、敗戦から35年経った時点だった。「日本はスウエーデン病になっては駄目だ」「イギリス病になってはいかん」と、しきりに財界・政界から叱咤激励されていたものである。私達は当時、ひたすら「日本国民が何とか食べるに事欠かない日々」のため、文字通り「不眠不休」で「働き蜂集団」として頑張り通していた。その結果として日本は、戦後23年目で早くも経済力でアメリカに次ぐ世界第2位の地位に就いたところであった。


以降早いもので、今年は敗戦後からこの8月で60年の節目に当たる。ところで現実の日本はその間一体どうなったのであろうか。確かに経済面で見た場合、GDP数値は鈍化したとは言え他国に比して遜色があるとは思えない。然し収益面では大企業だけが好業績を示しているが、中味の実態は近年の「大規模な人員削減−リストラ」に負う所が大で、一方で中小企業は軒並み苦吟にあえいでいる。又、国家財政は歴年赤字続きで国の借財も1千兆円と、もはや実質的に破綻の状況下にある。従って将来の国民生活の基本部分である「福祉」や「社会保障政策」は、先行き暗いと言わざるを得ない。最も憂うべきは失業者が600万人を越え、自殺者が一日に百人に近いと言う現実があるのに、肝心の政治が国民の信を失っている事である。誇り高き日本の官僚も使命感よりも「己の省庁」の事、「数字の辻褄合わせ」に終始しているように感じられる。


そのような中で、かねて「再訪」を、と考えていたスウエーデンへ、過年5月に訪問の機を得た。妻と以前からの約束だった「北欧4カ国訪問の旅」に参加出来たからである。四半世紀前に参加した際は「揺りかごから墓場まで」のスウエーデンの現場を垣間見ただけだったが、その際は率直な所「とても日本には無理だ」と感じたものだった。ところが今回は改めて北欧各国を回ってみて、「民主主義の実験場としての北欧各国」は、これこそ「正に弱者と庶民」の目線で「相手の立場に立って考える」国々のように感じる、同時に各国の実情をつぶさに見聞きして、改めて彼我の差異が実感出来た、と思っている。


勿論、「北欧・スウエーデンが何でも良い」と言う積りはない、「日本には日本の良さもある」と考えるからだ。然し我が国でも彼等から見習う処は見習って、早急に採り入れ改良されねばならぬ事も多々あると感じているのだ。ストックホルム市庁舎で、同郷「田中耕一ノーベル賞」受賞の場に立ち感慨も新にしながら・・・・。

(写真はストックホルム市街・下は市庁舎=ノーベル賞受賞会場=1階より対岸を見る)