「満鉄人脈」


昭和初年から日本の国力と財力を注入してきた「満州」からも「総てを残して」、撤収し中国に帰属させねばならなかった。


満州には日本の国策会社「南満州鉄道」、略称「満鉄」があった、昭和6年の「満州事変」更には「ノモンハン事件」「日中戦争」には「関東軍」の存在があり、その関東軍を後ろで操っていたのがこの「満鉄」であり「満鉄人脈」であった。


「満鉄人脈」の中心人物は「2キ・3スケ」と呼ばれ真先に「A級戦犯」に指定され、巣鴨拘置所で拘留されながら、奇跡的に「絞首刑」を免れ、敗戦7年目にして日本の首相となった「岸信介氏」その人もあった。



(写真は横浜・港の見える一画)