突然の来訪者

okamakoto2006-01-27



今を去る半世紀以上も前、昭和28年頃の,夏休み中の或る日の事である、新宿近郊にあった銀行独身寮に自分を訪ねてきた来訪者があった。


「寮のおばさん」の報せで玄関に出てみて驚いた、夜学で同級のS君であった、驚いたのは手にしていた「大きなトランク」と、彼の「切迫した雰囲気」であった。


何はともあれ彼を自分の部屋に招じ入れて、彼の話を聞く事とした。当時、寮には40人近くの独身者が入っていて、各自の部屋は6畳一間に押し入れ付きであった。


彼の事情を聞きながら驚いてしまった、彼曰く、「実は今、家出して来た」、「住み込みの勤めを探すまで当分ここに留めてくれ」、と頭を下げるのだった。


彼の家は、都心日本橋の銀行勤務先から大学までの都電の通過地点にあり、時折S君と彼の家で落ち合い登校したり、時には勧められるままに家族皆さんと共に食事した事も一再ではなかった。


家族は両親・兄が二人、姉妹も3−4人あり、家族全員で広い自宅兼工場で小型自動車等の販売・修理を家業として経営していた。


彼は、昼間家業に従事しながら夜は大学に通っていたのだが「兄貴らから深夜まで仕事を強いられ授業に出られない事が多くなった」、「我慢して来たがとうとう昨夜大喧嘩になってしまった」と言う。


「何時までも親兄弟の世話にはならぬ」、「もう二度と敷居を跨がぬ」、と言い切って、母の止めるのも聞かず家を出た、「だから、兎も角頼む」と幾度も頭を下げるのだった。