「けだもの世界」

okamakoto2006-04-06



日頃、日本の行く末を案じている一人として、新潮新社から出版されている藤原正彦氏著の「国家の品格」が、多くの方に読まれていて、既に170万部にも達していると聞き実に心強い思いを持っている。


日本が近年急速にアメリカナイズされ「規制緩和」や「民営化」路線で市場化競争社会は、弱肉強食の本性を剥き出しにしてきている、藤原氏の言を借りれば、「市場競争経済」は正に「けだもの世界」なのだ。


然し、実際の「獣の世界」では、例えばライオンや虎の猛獣世界は、一旦「満腹」すれば、目の前を「美味しい餌」が群れをなして通ろうとも必要量以上には殺傷はしない、と言う。


処が、貨幣経済を発明した人間社会は「猛獣以上に獰猛」なのだ、「通貨」を通じて「他人の富を収奪」し、「蓄積」し、それを「元手に繰り入れ」利殖対象として弱者を必要以上に食い尽していく。


進化した「資本主義・貨幣経済」では、市場(マーケット)が「収奪の場」として利用される、人間の貪欲さは「無限」であり、そこでは「富が富を生み」累積し更に再投資に向けられる。


今の日本がお手本にしているアメリカでは貧富の格差拡大で、僅か1%の富裕層が国富の過半を占有し、3500万人もの貧困層は医療も受けられない極貧状態に陥っていると言う。


イギリスの経済学者アダム・スミスが「国富論」で、「自由経済社会」では「見えざる手」が働き国家は有効に発展する、と看破したのが今から230年前の1776年、希しくもこれは「アメリカ独立宣言の年」だった。


この古典的な経済論理を基に「自由主義経済」を旗印に、格差社会を大手を振って闊歩させているのがネオコンを先頭とするブッシュであり、見習っているのが近年の小泉―竹中政治なのだ。


それによってアメリカよりも10倍も歴史の長い2千年の伝統と文化を有する日本が、アメリカにひれ伏し、永年で積み上げて来た文化や誇りをも放擲し崩壊させようとしている。