昭和天皇の「後悔」

okamakoto2007-03-10



今日「3月10日」は、62年前の昭和20年に「東京大空襲」のあった日だ、都内江東・墨田の人口密集地域にアメリカB29が焼夷弾の雨嵐を投下して一夜にして広大な下町地域を焼き払い10万人の住民を焼殺させた。


都心の住宅密集地を狙い一般住民の皆殺しを図った都市爆撃は明らかに「非戦闘員を殺戮」する「ジュネーブ条約違反」のものだが、この「都市住民焼滅作戦」は、その後も全国80余都市に及び、最後は広島・長崎の原爆投下で日本はとどめを刺された。


「負けてしまったら勝者にはモノも言えない」のか、自分たち戦争世代にとっては忘れようにも忘れられない「戦争の悲惨さ」である。せめて戦争の本質だけは次世代にがっちりと受け継いでいかねばならない、と思っている。


折しも昭和天皇が戦時中に側近に語った言葉が今日発売の月刊雑誌に載ったのだが、その中で天皇は「戦争はやるまでは慎重に、始めたら徹底的にやらねばならぬ」、「戦争は一旦始めると中途で抑えられるものではない」。


「戦争は、どこで止めるかが大事だ」、「支那事変はやりたくなかった、満州事変で苦い経験をしている」と、日中戦争には終始天皇自身懐疑的だった事をも告白している。