「ひめゆりの塔」、「慰霊の碑」


沖縄には内地にない蒼い海、珊瑚礁大自然がある。かって琉球王国として近隣国とも平和裡に暮らして来た歴史的経緯もあってか一般的に沖縄人は穏やかで従順でそして我慢強い。平和馴れした現代の我々が忘れてならないのはこの沖縄の過去の悲劇だろう。


日本が降伏した62年前に、沖縄は連日空爆と艦砲射撃にさらされ、米軍海兵隊は4月1日を期し沖縄本島に上陸し総力戦となった、守備隊と住民は島の南端に追い詰められ戦死者は軍人軍属12万人、現地住民17万人、合計29万人余だった。


本島南部に追い詰められた婦女子が次々と断崖絶壁に身を投げ、従軍看護婦として動員された女子学生には軍から手榴弾が渡され集団自決に追い込まれた、その喜屋武岬、藪岬摩文仁の丘付近には平和記念堂、健児の塔、ひめゆりの塔、23万人の戦死者刻銘碑等が建っていて、我々に問い掛けているように思えた。


この国は戦争世代が年々少なくなって戦争も歴史の中に埋没し、忘れ去られようとしているように思う、何百万人の多くの戦死者の犠牲の上で手にした平和憲法も今正に危機に瀕しているのではないだろうか。


戦争の悲惨さを体験した戦中世代の一人として、沖縄に来て「戦争の本質」を考え、その「戦争の愚」を繰り返さない為、一体何をすべきなのか、為し得るのか、当時の自身の責任にも思いを致しつつ、国の行く末を案じている。



(写真は沖縄・平和祈念公園に建つ「23万人余の刻銘碑」)