静脈としての「バス」


では果たして今後バスの役割に期待を掛けなくて良いものであろうか、今でさえ8割のバス事業者は客離れで赤字経営を余儀なくされていると云う。


反面、風雨の日ともなれば、晴天の日に倍する乗客が殺到するのも日常的光景である、これから先、確実に高齢化社会が見通せるのだ、何れ老人はもとより幼児、弱者はバスに依存せねばならない時代になる。


従って、その時代のためにもバスを公共交通機関として重視し、再生を図り、バス優先・専用道の整備を推進することこそ必要な方向ではあるまいか。


諸外国に比し、無資源で、社会的施設の立ち遅れが目立つ我国では、限られた都市空間と資源の有効利用にこそ知恵を出し合っていかねばならない。


将来を見通した「調和ある交通体系」への視点と努力だけは常に尽力すべき方向だと考えるのである。


(上記は、昭和61年(1986年)8月18日、朝日新聞「論壇」から、文中一部省略)



(写真は「春到来」都内、早咲きの桜)