2005-04-25から1日間の記事一覧

長期裁判

東京地裁での事件の裁判は長期化し、結局、田中角栄氏は7年後の58年10月、懲役4年追徴金5億円の実刑判決を受け、その後も上告を繰り返しながらも、一審判決の10年後、平成5年12月16日75歳で死去した。 然し、この事件を巡っては各方面に対し数々の問題と課題…

国会証言

アメリカを震源とした「ロッキード疑惑」に対し、三木首相は積極的に事件解明を進めるべきだ、として国会での証人喚問を行い、アメリカへの調査団の派遣等を進めて行った。その過程で商社丸紅の社長・専務等、全日空前社長・現社長、田中の盟友小佐野賢治、…

政治の浄化

田中後は、「椎名裁定」で「クリーン」と称された三木氏が指名を受け、首相を勤める事になった。然し、田中は依然自民党最大派閥「田中派のドン」として、政界に隠然たる影響力を発揮していた。田中角栄氏の下には100名を越す国会議員が所属し「一致協力」し…

事件の発端

事件そのものは田中内閣退陣後1年3ヵ月後の1976年(昭和51年)2月4日のアメリカ上院外交委員会審議の過程で表面化したものである。外交委員会多国籍企業小委員会で、ロッキ−ド社の会計監査結果報告書の中に、日本の政界大物に賄賂を贈りトライスター購入に至っ…

ロッキード事件

田中政治の暗部の一端を露呈させた事件が、昭和末期の政財界を揺るがせた「ロッキード事件」であった。民間航空会社の次期大型旅客機導入に際し、首相が口利き料として多額の賄賂を受け取っていたと言うもので、当時の政財界のみならず日本中を揺るがせた事…